登山を始めて幾つかの山を登り、既に山の虜となっていた僕が次に登る山は「八ヶ岳」だ。登山者にとって憧れとなっている北・南アルプスの山々であるが、登山者の知り合いがいない僕にとっては未知の世界であり、まだまだ下調べが必要だ。それに僕は標高3000m級の山には富士山以外に登った事がない。登山にはやはりステップアップが必要だと感じ、3000m級の山とはどんなものなのかを確かめるために八ヶ岳の最高峰である赤岳に登る事にした。
八王子から「特急スーパーあずさ」に乗り換え、茅野駅で下車する。今日は赤岳には登頂せず、手前の行者小屋でテント泊という僅か3時間の行程だ。それ故に出発も遅く、茅野駅には10:00頃に到着。駅前のバス停から登山口に向かうバスに乗り、美濃戸口バス停に向かう。
美濃戸口バス停の広場にある八ヶ岳山荘で、家に忘れてきたタオルを購入し出発する。天気は予報通りの晴れで、普通に歩いているだけで汗が吹き出てくる。山荘でタオルを買っておいて正解だ。砂利道の林道を1時間程歩くと、やまのこ荘と赤岳山荘が見え始め、その先にある美濃戸山荘に到着。美濃戸山荘付近には駐車場があり、車を使ったアプローチで八ヶ岳を目指す際にはここまで入って来る事が可能との事だ。
美濃戸山荘先のゲートは赤岳鉱泉へ向かう北沢コース、行者小屋へ向かう南沢コースの分岐点となっており、今日の宿泊地の行者小屋へ向かうため、南沢コースを選択する。樹林帯の登山道を進み、丸太を置いて作られた橋等を何度か渡ると広い河原の道となる。河原の道を進むと登山道の左に板を敷き詰めて作られたヘリポートを発見。ヘリポートの上に立って周囲を望むと横岳が見えていた。横岳が近くに見えているという事は麓にある行者小屋も近いだろう。案の定ヘリポートを過ぎるとすぐに今日の宿泊地である行者小屋へ到着した。
余りにも早く着いてしまったので、このまま赤岳に登ってやろうかとも思ったが、たまにはゆっくりとした登山も良いものだ。僕は写真が好きであり、コース時間に写真撮影と休憩時間がプラスされ、どうしても1日の行程が長くなってしまうので、たまには時間に余裕のある登山もよいだろう。受付で幕営代を支払い、幕営スペースを探すが、まだ14時であるのに既にテント場は一杯だ。小屋から近い場所の平坦部が残っていないため、小屋のすぐ脇にある通路に登山者の邪魔にならないように幕営した。正直、さっさとテントを張って写真を撮りたかった。というのも行者小屋から見る周囲の山々の景色は素晴らしく、明日登る赤岳は勿論の事、阿弥陀岳、横岳、硫黄岳と素晴らしい眺めだ。山頂からの展望も良いが、下から見上げる山の景色も良いものだ。この時ばかりは小屋前に邪魔にならないように三脚を立て、思う存分写真を撮りに撮りまくった。
写真を撮り終えると、やる事が無くなったので行者小屋付近を散策する事とし、小屋から数分の場所にある中山展望台に向かう。それにしても「山の天気は変わりやすい」とはよく言ったもので、さっきまでの青空が今では曇り空になっている。中山展望台に着いたが結局、曇り空と霧の発生により何も望む事が出来なかった。テントに戻り夕食を食べ終えると遂には雨まで降り出した。雨は単なる夕立ですぐに止んだが一向に天候は回復しない。明日晴れる事を祈り、ラジオを聴きながら、19時には寝てしまった。
翌朝、4時に起きる。天候の確認のため、テントから外に出ると満天の星空だ。恐らく今日は1日中晴れてくれるだろう。行者小屋前の炊事場で顔を洗い、テントを撤収し、出発する。樹林帯の道を過ぎるとすぐに森林限界に辿り着き、一気に視界が開ける。森林限界を超えると急なガレ場の道に変化し、鎖場と梯子のオンパレードだ。馬鹿は高い所が好きといわれるが、その通りで僕は高い所に恐怖心は一切無い。日々筋トレを行っている僕にとっては延々と続く急な登山道をペースを気にしながら登るより、鎖場や梯子を筋力任せに登っているほうが余程楽なのだ。筋力任せにガンガン飛ばして鎖場と梯子を登りきると、尾根に到達し地蔵仏に到着した。
地蔵仏は横岳と赤岳を結ぶ稜線上にあり、ちょうど朝日が出始めて朝焼けの山々を望む事ができた。「山が焼ける」という表現はまさしくこの事であり、朝日が照らす山の斜面は本当に燃えているかのように真っ赤だ。プロの写真家達にはたまらないシチュエーションであろう。地蔵仏から数分進むと赤岳展望荘に到着。展望荘では屋根に取り付けられている風力発電用の飛行機のプロペラが風でクルクル回っており、とても印象的な山小屋だ。展望荘の2棟の小屋の間を通過し、急なジグザグ道を登り、鎖場を過ぎると赤岳の北峰に到着した。
北峰には赤岳頂上小屋があり、山頂からの展望を楽しむ登山者で一杯だ。頂上小屋を過ぎると一等三角点がある赤岳南峰に到着。赤岳南峰からの展望は素晴らしく、富士山、南アルプス、北アルプス、八ヶ岳連峰が望める360度の大パノラマだ。8月に登った群馬県の武尊山からの360度のパノラマも良かったが、この八ヶ岳のパノラマも素晴らしい。こんな素晴らしいパノラマを眺められると「登山を始めて良かった。」と本当に心から思ってしまう。生まれて25年目にしてこの素晴らしい景色を目にする事ができたのだから僕は幸せ者だ。世の中には様々な理由により、この素晴らしい景色に出会えずに人生を過ごして行く人もいるのだから、やっぱり僕は幸せ者なのだ。山頂からの景色を見ながら「ぼかぁ幸せだぁ~」と感動に浸っていると、ダイエット登山に挑むおじさんに声をかけられる。仕事で海外に行く事が多く、今度は台湾の玉山(イーサン)に登るのだという。玉山は台湾が日本の領土であった時代に日本で一番高い山として「新高山」と名付けられ、真珠湾攻撃の暗号文(ニイタカヤマノボレ)に使われた事で有名だ。僕も玉山という名は分からなかったが新高山と聞いて分かった。それにしてもダイエット登山で富士山よりも高い玉山に登るとは何ともスケールが大きな話で羨ましい限りだ。
赤岳南峰からの展望
ダイエット登山に挑むおじさんと別れ、次は向かいの阿弥陀岳を目指す。山頂直下の梯子を下り、岩場を30分程下ると文三郎尾根の分岐点に到着。分岐を少し下ると広い平坦部に辿り着き、再び登ると中岳の山頂に到着した。中岳は赤岳と阿弥陀岳の間に位置するハイマツに覆われた小さなピークで、これまたパノラマ写真をこよなく愛する僕にとっては最高の展望だ。中岳を下ると阿弥陀岳と行者小屋へと下る分岐の中岳ノコルに到着。阿弥陀岳は写真では伝わらないが、女性や年配の登山者が登るのを諦める程の急登だ。登って一度戻って来なければいけないので、ザックをハイマツの下に置き、財布とカメラと三脚のみを持って阿弥陀岳へ向かう。足元が崩れやすい岩場をしっかりと足を踏みしめて20分程登ると、阿弥陀岳の山頂に到着。阿弥陀岳の山頂も展望は素晴らしく、赤岳、硫黄岳、横岳を望める360度の大展望だ。阿弥陀岳の山頂は赤岳のような切り立った狭い山頂ではなく、意外にも平坦部の山頂で、休憩するには最高だ。こんな事なら「ザックも背負ってくるんだった」と思っても今更遅い。
阿弥陀岳への急登を見上げる女性。結局この女性は登るのを諦めた。
写真を撮り終え、中岳ノコルにデポしておいたザックが気になったので、早々に戻る事とする。阿弥陀岳を下る途中、僕の後ろ(上)を下る中年の男性が「ラーク!ラーク!」と叫び、声が聞こえると同時に僕の目の前を石が転げ落ちていった。当たらなかったから助かったものの、当たっていたらどうなっていたのか分からない。「まぁ、崩れやすい岩場であるから仕方が無い」と思っていると、また後ろから「ラーク!」の叫び声だ。今度は小さな砂利が頭に当たり「すいません!」と謝られるが、2度目でしつこいので少しムッとしてしまう。登山とはいくら自分が気を付けていても、他人の行動によって怪我をする事もあるのだから、「山岳保険に加入して山に登ったほうがよいのだろうか」とこの時ばかりは考えてしまった。それにしても怪我をしなくて本当によかった。
中岳ノコルに戻りザックを回収し、行者小屋へ向かう樹林帯の道を下る。50分程下ると行者小屋に到着。ザックを置いて休憩しようと思ったが、一度ザックを置いてしまうと、再度担ぐ時に汗で濡れた背中が気持ち悪い。結局そのまま素通りする。昨日通った南沢コースを足に余裕があったのでペースを上げて下ると1 時間程であっという間に美濃戸山荘に到着。美濃戸山荘でキンキンに冷えたトマトとジュースを買って休憩し、車道の砂利道を行くと美濃戸口に到着し、山旅は終了だ。
今回は八ヶ岳を構成する2峰しか登っていないが、最高峰の赤岳と阿弥陀岳からの360度の展望は最高だった。八ヶ岳は仮説ではあるが、名前からも分かるように八つの峰があり、今回は僅か2峰を登っただけに過ぎない。今度は硫黄岳、横岳、北八ヶ岳の山々にも登ってみよう。
2003年9月14-15日
1日目:美濃戸口バス停-ゲート-行者小屋(テント泊)
2日目:行者小屋-赤岳-阿弥陀岳-行者小屋-ゲー-美濃戸口バス停